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さようならウルトラマンレオ

『ウルトラマンレオ』が、間もなく終了しようとする時、小学館の新番組予告の記事がなく、子供心に不安にかられたものだった。『帰ってきたウルトラマン』以降、毎年新しいウルトラマンが地球にやってくると信じていたのだ。『レオ』最終回の翌週、もしかしたら、新しいウルトラマンが、やってくるかもしれない。だが、画面に映し出されたのは、子供の歌合戦だったと記憶している

これは、『仮面ライダースーパー1』終了時も同じだった。

第2期シリーズの終焉は、ある意味で「永遠の別れ」を意味していたもの(当時の時代背景として)であった。

寂しさを味わった分、物事には終りがある事を、子供心に感じさせられたものだった

『スーパー1』終了時には「戦隊シリーズ」が継続して制作されており、現在も延々と続いている。しかし、当時の感覚としては、ある意味で、「ウルトラ」や「ライダー」の二番煎じ的な認識が無きにしもあらずだった。

現在は、「戦隊」と「ライダー」が長期に渡り放映され続けているが、ひとつの番組、シリーズが終わってしまう寂しさを、「個人の卒業」ではなく、共有感として味わえない(商業展開としては、確実性を求める)現代のファンは、少々、可愛そうな気がしないでもないように感じる、昨今でもある。

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